能登のキリコ祭りとは?巨大灯籠が舞う日本遺産の祭礼を知る
能登を訪れてみたいと思ったとき、旅の目的が「景色」や「食」だけではなく、土地の営みそのものに触れる体験であってほしいと感じることがあります。
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キリコ祭りは、まさにその入口になる祭礼です。
夜の町を照らす巨大灯籠と、人の力で担ぎ上げる熱気が重なり、能登の里山里海の暮らしが立体的に見えてきます。
本記事では、能登地方に世代を超えて続いてきた「キリコ祭り」という伝統文化について魅力を伝えていきます。
能登の巨大灯籠が町を照らす「キリコ祭り」とは?
能登のキリコ祭りは、巨大な灯籠「キリコ」が神輿の足元を照らす御神燈として、集落や港町を練り歩く祭礼です。
日が落ちると灯りが入り、墨文字や武者絵が浮かび上がり、いつもの道が別世界のように変わります。
キリコ祭りは少なくとも江戸時代には存在していたとされ、観光イベントというより、地域の祈りや感謝が形になった行事として今も暮らしに溶け込んでいます。
キリコ祭りの日程はいつからいつまで?
キリコ祭りは、主に7月~9月という長期日程で開催されます。
後ほど、各地域の日程は詳しく解説しますが、実際の開催日は「○月○日」と固定されている場合もあれば、「7月第○土曜日」「8月第○週末」といった形で曜日を基準に決められている祭りもあります。
その数、実に約200の地区でキリコ祭りが行われるとされ、7月から9月にかけて能登半島のどこかで必ずキリコ祭りが開催されているとう、全国的にも珍しい祭礼です。
この広がりこそが、能登のキリコ祭りが「灯り舞う半島 能登」という日本遺産のストーリーとして評価されている理由の一つと言えるでしょう。
祭りの主役となる巨大灯籠「キリコ」の存在
キリコとは、木枠に和紙などを張り、内部から灯りを入れる大型の灯籠です。
能登では集落ごとに大きさ、装飾、担ぎ方が異なり、「キリコ祭りとは何か」を一言で説明できても、現地で目にする姿は驚くほど多彩です。
大きいものでは、重さ2トン、高さ15m級にもなり、このキリコを人の手で担ぎ上げ、練り回す姿を目の当たりにすれば、その迫力と存在感に圧倒されてしまいます。
なぜ能登に灯籠祭りが集中しているのか
能登のキリコ祭りが特別なのは、単に大きな灯籠があるからではありません。
能登半島では、夏の間だけでも合計約200の地区で祭礼が行われ、旅をしていればどこかで「灯りが動く夜」に出会えると言われます。
里山里海の暮らしに根ざし、豊漁や豊作への祈り、季節の節目を確かめる行事として積み重なってきたことが、今の集積を支えていると言えます。
能登の暮らしとともに江戸時代から続くキリコ祭りの歴史と由来
キリコ祭りは、ただ古い歴史を持つだけでなく、地域の生活と一緒に更新され続けた「伝統」があります。
祭りの日だけ突然現れる行事ではなく、準備や段取り、人のつながりが一年を通して積み上がり、当日を迎えます。
ここからは、そんなキリコ祭りの歴史と由来を紐解いていきましょう。
キリコ祭りの歴史
キリコ祭りは少なくとも江戸時代には存在していたとされ、能登各地で長く受け継がれてきました。
地域ごとに形や運営が違うのは、外から持ち込まれた一つの型が広がったというより、集落単位で暮らしと結びつきながら育ってきた側面が大きいからだと考えられます。
同じ「キリコ祭り」という名前でも、担ぎ方や巡行の仕方、海辺での所作などが異なり、実際には異なる祭りの集合体に近い印象です。
だからこそ、能登を巡るほどに多様な文化の層が見えてきます。
キリコ祭りの由来や意味
キリコ祭りの由来には諸説ありますが、多くの場合、神輿を照らす灯りとしての役割が原点にあると考えられています。
夜の巡行では神輿が町を巡りますが、その道を明るく照らすために「切子灯籠(きりことうろう)」が付き添う形が生まれました。
このキリコという灯りは、地域によって「御明かし(おあかし)」や「ホートー(奉燈)」と呼ばれることもあります。
また、能登は古くから海と山の恵みに支えられてきた地域です。
漁業や農業に関わる人々にとって、祭りは豊漁や豊作を祈り、無事に季節を越えられたことへ感謝する機会でもありました。
キリコの灯りは、単なる飾りではなく、人々の願いや祈りを象徴する存在です。
夜の町を照らす灯りの列は、地域の結びつきを可視化するような光景でもあり、長い年月を経ても受け継がれてきた理由の一つと言えるでしょう。
能登半島約200地区で開催されるキリコ祭り【特長と違い】
能登のキリコ祭りは、一つの祭礼ではなく、能登半島各地に点在する祭りの総称です。
七尾市・輪島市・珠洲市・志賀町・穴水町・能登町といった海と山にかけた地域で行われ、大小合わせると約200もの場所で開催されていると言われています。
同じ「キリコ祭り」という言葉で紹介されることが多いものの、実際には地域ごとに灯籠の形や大きさ、巡行の方法など、雰囲気や特徴は大きく異なり、それぞれの土地の歴史を映し出しています。
ここでは、各地域で開催されているキリコ祭りの一覧と特徴をまとめていきます。
七尾市のキリコ祭り
| 開催日 | 名称 |
| 7月第2土曜日 | 七尾祇園祭 |
| 7月第4土曜日 | 塩津かがり火恋祭り |
| 7月最終土曜日 | 能登島向田の火祭 |
| 8月第1土曜日 | 石崎奉燈祭 |
| 8月14日 | 新宮納涼祭 |
七尾市のキリコ祭りは、港町の気質を感じさせる勇壮さが魅力です。
中でも有名なのが8月の第1土曜日に開催される「石崎奉燈祭」で、100人ほどの担ぎ手が巨大なキリコを担ぎ上げ、掛け声とともに町を練り回る姿は圧巻の迫力です。
狭い路地を通るキリコを見上げると、その大きさがより強調され、観客から大きな歓声が上がります。
また、七尾祇園祭では高さ6〜15mほどのキリコが登場し、夕暮れの浜辺に集まったキリコが一斉に乱舞し、太鼓や笛の囃子に合わせて駆け回る光景は、まるで光の競演のようです。
そのほかにも、ろうそくの灯りを使う「新宮納涼祭」や、巨大な柱松明が燃え上がる「能登島向田の火祭」など、七尾市だけでも多彩な祭礼が存在します。
港町の活気と幻想的な灯りが重なる七尾の祭りは、能登のキリコ文化を代表する存在と言えます。
輪島市のキリコ祭り
| 開催日 | 名称 |
| 7月「海の日」直前の日曜日 | 剱地八幡神社大祭 |
| 7月30日・31日 | 水無月祭り |
| 7月31日・8月1日 | 名舟大祭 |
| 8月17日・18日 | 曽々木大祭 |
| 8月22日〜25日 | 輪島大祭 |
輪島市では、晩夏に行われる「輪島大祭」が特に有名です。
これは市内四つの地区の祭礼を合わせた総称で、8月22~25日の4日間にわたり町全体が祭りの熱気に包まれます。
キリコの多くが総漆塗りで作られており、漆の里として知られる輪島ならではの豪華さを感じさせます。
祭りの見どころは多く、女装した若者が神輿を担いで海へ入る行事や、大松明の周りで御幣を奪い合う神事など、地域ごとに個性的な場面が続きます。
さらに、竹の先に灯籠を付けた「笹キリコ」が神輿を先導する巡行もあり、灯りが町の夜を幻想的に照らします。
このように輪島の祭りは、灯籠の美しさだけでなく、海と共に生きてきた町の信仰や文化が色濃く表れる点が特徴です。
珠洲市のキリコ祭り
| 開催日 | 名称 |
| 7月20日・21日 | 飯田燈籠山祭り |
| 8月第1土曜日 | 宝立七夕キリコまつり |
| 9月10日・11日 | 蛸島キリコ祭り |
| 9月第2土曜日 | 寺家キリコ祭り |
| 9月14日・15日 | 正院キリコ祭り |
珠洲市では、海と密接に結びついたキリコ祭りが多く見られます。
代表的なものに「宝立七夕キリコまつり」があり、吹き流しや風鈴で飾られたキリコが夜の海へと担ぎ入れられる光景が印象的です。
灯籠が波打ち際へと進み、海と灯りが一体になる瞬間は、珠洲ならではの風景といえるでしょう。
太鼓や囃子の音が響く中、灯りをともしたキリコが海岸を進む様子は、幻想的でありながら力強さも感じさせます。
能登半島の先端に位置する珠洲は、古くから海の信仰が根付く地域です。
そのため祭りにも海上渡御や海辺の神事が多く見られ、灯りと海が織りなす神秘的な雰囲気が魅力となっています。
志賀町のキリコ祭り
| 開催日 | 名称 |
| 7月第3土曜日 | 西海祭り |
| 8月14日 | 福浦祭 |
| 9月第3土曜日 | 酒見大祭 |
志賀町のキリコ祭りは、他の地域とは少し異なる特色を持っています。
特に有名なのが「西海祭り」で、女性が担ぎ手となってキリコを持ち上げるという珍しい風習が残っています。
力強く担ぎ上げられた灯籠が揺れながら進む姿は、地域の人々の結びつきの強さを感じさせるものです。祭りの運営も地域住民が中心となり、世代を超えて参加することで伝統が守られてきました。
志賀町のキリコ祭りは規模こそ大きくはありませんが、その分、集落の暮らしと密接に結びついた温かい雰囲気があります。
里山の風景の中で灯るキリコの明かりは、能登の素朴な祭り文化を感じさせてくれます。
穴水町のキリコ祭り
| 開催日 | 名称 |
| 7月第3土曜日 | 沖波大漁祭り |
| 8月第2土曜日 | 中居キリコ祭り |
| 9月第2土曜日 | 比良神社キリコ祭り |
穴水町では、海の恵みと深く結びついた祭礼が特徴です。
代表的なものに「沖波大漁祭り」があり、禊の意味を込めてキリコが海に入る行事が行われます。
太鼓のリズムに合わせて灯籠が激しく揺れ動く様子は迫力があります。
日中に行われる海の神事では、担ぎ手たちが海中でキリコを担ぎながら乱舞し、豊漁や海上安全を祈願します。
灯籠の明かりだけでなく、青空と海を背景にした祭礼の景色も魅力です。
このように穴水町のキリコ祭りは、海と人の関係を強く感じさせる行事として受け継がれています。
能登町のキリコ祭り
| 開催日 | 名称 |
| 7月第1金・土曜日 | あばれ祭 |
| 8月第1土曜日 | 小木袖キリコ祭り |
| 9月第2土曜日 | 松波人形キリコ祭り |
能登町は、能登のキリコ祭り文化を象徴する地域の一つです。
特に有名なのが宇出津の「あばれ祭」で、キリコや神輿が松明の火の粉を浴びながら激しく練り回る豪快な祭礼として知られています。
あばれ祭りは江戸時代、疫病退散への感謝を込めて始まったと伝えられています。
勇ましい神様を喜ばせるため、神輿を火の中や川の中に入れるほど激しく扱うという独特の風習があり、数あるキリコ祭りの中でも特に迫力があるとされています。
あばれ祭りの特徴や魅力は、下記の記事で詳しくご紹介していますので、併せてご覧ください。
お宝エイド参考記事:能登のあばれ祭りとは?能登半島地震を乗り越え受け継がれる日本遺産
また能登町では、小木港に灯りが並ぶ「小木袖キリコ祭り」や、人形を飾った「人形キリコ」など、装飾や形状の個性が際立つ祭礼も多く見られます。
こうした多彩なキリコが集まることで、能登町の祭り文化はより豊かな広がりを見せています。
能登のキリコ祭りは世代を超えて受け継がれる「伝統文化」
能登のキリコ祭りは、巨大な灯籠が町を巡る壮大な祭礼であると同時に、地域の暮らしに深く根付いた文化でもあります。
江戸時代から続く歴史の中で、人々の祈りや感謝を形にしながら、世代を超えて受け継がれてきました。
夏から秋にかけて約3ヶ月間にも及ぶ能登半島の各地で行われるキリコ祭りは、地区ごとに個性があり、訪れる場所によって異なる表情を見せてくれます。
その多様性こそが、能登のキリコ祭りが特別な存在である理由といえるでしょう。
もし能登を訪れる機会があれば、夜の町に灯るキリコの光景を一度体験してみてください。
そこには観光地としての魅力だけではなく、長い年月を経て守られてきた地域文化の息づかいが感じられるはずです。
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(KOBIT編集部:Fumi.T)
<参考記事>
[1] 日本遺産「灯り舞う半島 能登〜熱狂のキリコ祭り〜」 活性化協議会,available at https://notokiriko.ishikawa.jp/kiriko/jp/index.php
[2]文化庁,「日本遺産ポータルサイト-灯(あか)り舞う半島 能登」,available at https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story004/
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