キムチの歴史とは?起源から現代までの変遷と唐辛子・容器・食文化の関係を解説
キムチと聞くと、唐辛子で赤く味付けされた白菜漬けを思い浮かべる人が多いでしょう。
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しかし、キムチは白菜だけを指す名称ではありません。
大根を使うカクテキ、きゅうりに具材を詰めるオイキムチ、唐辛子をあまり使わない白キムチ、汁ごと味わう水キムチなど、さまざまな種類があります。
キムチは、野菜を塩で下漬けし、ニンニクやショウガ、ネギ、唐辛子、魚介の塩辛などを加えて作る保存食・発酵食品です。
材料や味付けは地域、季節、家庭によって異なるため、一つの決まった製法だけでキムチを定義することはできません。
また、現在一般的な赤い白菜キムチが古代から同じ形で存在していたわけでもありません。
キムチは、野菜の保存技術を土台として、香辛料の伝来、農作物の変化、発酵容器の発達、住環境の変化などを受けながら現在の姿になりました。
キムチの起源は古代の野菜保存にある
厳しい冬を越すための塩蔵
冷蔵庫のなかった時代、収穫した野菜を長く保存するためには、乾燥させたり塩に漬けたりする必要がありました。
朝鮮半島では冬になると新鮮な野菜を入手しにくくなるため、秋に採れた野菜を塩蔵して冬に備える知恵が育まれました。
野菜の塩漬け自体は朝鮮半島だけのものではなく、中国や日本を含む東アジアの広い地域で見られます。
古代中国の文献にも塩漬け野菜に関する記述があり、周辺地域では古くから多様な漬物が作られていました。
そうした共通の保存技術が、朝鮮半島の気候、農業、食習慣に合わせて独自に発達したものがキムチの基層と考えられます。
古代の漬物と現代のキムチは同じではない
キムチの歴史を説明する際、数千年前の漬物をそのままキムチの始まりとする説が紹介されることがあります。
しかし、古い文献に塩漬け野菜が登場するからといって、それが現代のキムチと同じ味や製法だったとは限りません。
初期の保存食は、野菜を塩や塩水に漬ける比較的簡素なものだったと考えられます。
現在のキムチに欠かせない印象のある唐辛子も、当時の東アジアには存在していませんでした。
したがって、キムチには特定の発明年があるのではなく、塩蔵野菜が長い時間をかけて変化した歴史があると捉えるのが適切です。
唐辛子が伝わる前のキムチ
高麗時代から朝鮮時代にかけて、塩漬けした野菜へニンニク、ショウガ、ネギなどの香味野菜を加える方法が発達しました。
山菜、大根、うり類など、その土地と季節に応じた材料が使われ、汁気のあるものや酸味を生かしたものも作られていました。
この時代のキムチは、白色や野菜本来の色をしたものが中心です。
白キムチや水キムチには、唐辛子を多量に使用する以前の食文化を想像させる要素が残されています。
ただし、現在作られている白キムチが古代の製法をそのまま保存しているという意味ではありません。
こちらも時代とともに材料や味付けが変化しています。
塩漬けした野菜では乳酸菌が働き、時間の経過とともに酸味や複雑な香りが生まれます。
発酵は保存期間を延ばすためだけでなく、野菜に独特の風味を与える役割も担いました。
唐辛子はいつキムチに使われ始めた?
唐辛子の原産地は中南米
唐辛子の原産地は中南米です。
15世紀末以降の大航海時代にヨーロッパへ運ばれ、その後、交易を通じてアジアへ広がりました。
そのため、古代の朝鮮半島に唐辛子入りの赤いキムチが存在したとは考えられません。
唐辛子が朝鮮半島へ伝わった時期や経路については複数の説があります。
16世紀末から17世紀初めごろに伝わったとみられ、日本を経由したという説、中国方面から入ったという説、複数経路で伝来したという見方などがあります。
史料の解釈には議論があるため、一つの経路だけを確定的に語ることは避けるべきでしょう。
伝来後すぐに赤いキムチが普及したわけではない
新しい香辛料が伝わっても、栽培方法や使い方が社会へ定着するには時間がかかります。
唐辛子は17世紀以降に料理へ取り入れられ、18世紀から19世紀ごろにキムチの材料として次第に存在感を増したと考えられています。
唐辛子は強い辛味だけでなく、鮮やかな色と独特の香りを加えます。
魚介の塩辛、ニンニク、ショウガなどと組み合わせることで、現在のヤンニョムに近い複雑な味が形成されました。
赤いキムチは古代から続く不変の料理ではなく、世界規模の交易によってもたらされた食材を取り込みながら成立したものなのです。
白菜キムチが主流になった時期
現代ではキムチと白菜が強く結び付いていますが、歴史的には大根、きゅうり、山菜、うり類なども重要な材料でした。
現在よく使われる、葉が密に重なる結球白菜が広く栽培されるようになったのは比較的新しい時代です。
朝鮮時代後期から近代にかけて白菜の品種と栽培技術が変化し、20世紀には現在に近い白菜が広く流通するようになりました。
大きな葉の間にヤンニョムを塗り込めるため、株を大きく切らずに漬ける白菜キムチが作りやすくなります。
農業と流通の変化が、白菜キムチを代表的な存在へ押し上げたのです。
一方、地域差は今も残っています。
一般に、寒冷な北部では塩分や辛味が比較的穏やかで汁気のあるキムチが見られ、温暖な南部では塩や唐辛子、魚介の塩辛を多めに使う傾向があります。
ただし、家庭や作り手による違いも大きく、地域名だけで味を決め付けることはできません。
発酵を支えた甕「オンギ」の歴史
キムチを保存した生活の道具
キムチの歴史を考えるうえで、保存容器も欠かせません。
朝鮮半島では、オンギと呼ばれる陶製の甕がキムチや発酵調味料の貯蔵に使われてきました。
家庭の屋外には甕を並べる場所が設けられ、用途や量に応じて大きさの異なるオンギが使い分けられました。
キムチを入れた甕を地中に埋める方法もあります。
土は外気より温度変化が緩やかなため、冬の凍結や急激な温度上昇を抑えるのに役立ちました。
発酵の進行は温度に大きく左右されるので、地中保存は自然環境を利用した温度管理でもあったのです。
オンギはしばしば「呼吸する器」と表現されます。
ただし、空気や水分の通し方は、土の種類、焼成温度、釉薬、器の厚さなどによって異なります。
すべての古い甕に同一の性能があるわけではなく、単純に気孔が多いほど発酵に適しているとも限りません。
古い甕が持つ文化的価値
古いオンギには、口縁の形、胴の膨らみ、釉薬の色、焼きむら、製作時の指跡などが残されています。
これらは産地や年代、作り方を考える手掛かりです。
傷や補修跡から、家庭でどのように扱われてきたかが分かる場合もあります。
使わなくなった甕は、植木鉢や収納容器へ転用されることがあります。
ただし、食品保存へ再利用する場合は、ひび割れ、カビ、異臭、過去に入っていた内容物を確認する必要があります。
古い甕は実用品であると同時に、陶工の技術やかつての食生活を伝える生活文化資料でもあります。
金銭的な評価だけでなく、来歴や地域性を記録して次の持ち主へ伝えることにも価値があります。
冬支度の行事「キムジャン」
キムジャンとは、冬を迎える前に家族や近隣の人々が集まり、大量のキムチを仕込む文化です。
白菜の下漬け、野菜の切り分け、ヤンニョム作り、味付け、容器への詰め込みには多くの手間がかかるため、複数の家庭が協力して作業を行ってきました。
キムジャンでは、単に労働力を分け合うだけではありません。
材料や完成したキムチを融通し、年長者が味付けや発酵の見極め方を次世代へ伝えます。
家庭ごとのレシピや道具の使い方を受け継ぐ場であり、地域のつながりを確認する行事でもありました。
韓国のキムジャン文化は2013年、ユネスコの無形文化遺産へ登録されました。
ここで重視されたのは特定の商品や一つのレシピではなく、季節に合わせてキムチを作り、知識と食べ物を共同体で分かち合う文化的な実践です。
都市化と市販キムチの普及
20世紀に都市化が進み、集合住宅で暮らす人や核家族が増えると、大きな甕を並べてキムジャンを行うことが難しくなりました。
女性の社会進出や生活様式の変化もあり、必要な分を購入できる市販キムチの需要が高まります。
工場生産では、原料の洗浄、塩分、温度、発酵時間などが管理され、安定した品質の商品を大量に供給できるようになりました。
一方、キムチは出荷後も発酵が進みます。
酸味が増す、ガスが発生する、容器から液が漏れるといった問題に対応するため、低温流通や包装技術も改良されてきました。
市販化は伝統的な手作り文化を弱めた面だけでなく、季節や居住環境を問わずキムチを食べられるようにした面もあります。
現在では家庭のキムジャン、市販品、小規模な専門店の商品など、複数の作り方が共存しています。
オンギの役割を受け継いだキムチ冷蔵庫
現代の韓国家庭では、キムチ専用の冷蔵庫も普及しています。
一般的な冷蔵庫は扉の開閉で庫内温度が変化しやすいのに対し、キムチ冷蔵庫は低温を安定させ、発酵の速度を調整しやすいように設計されています。
これは伝統的な甕や地中保存を単に廃止したものではありません。
土中で緩やかに温度を保っていた知恵を、センサーや断熱材、冷却装置によって現代の住環境へ置き換えた道具と見ることができます。
オンギからキムチ冷蔵庫への変化には、住居、家族構成、家事、技術の歴史が映し出されています。
道具の形は変わっても、発酵を適切に進めながら長く保存したいという目的は受け継がれているのです。
日本でキムチが広まった歴史
日本におけるキムチの普及には、朝鮮半島との交流や在日コリアンの食文化が深く関わっています。
焼肉店などの外食を通じて認知が広がり、その後はスーパーマーケットでも一般的に販売されるようになりました。
日本向けの商品には、辛さや酸味を抑え、甘味を加えたものもあります。
また、発酵させず、キムチ風の調味液で短期間に味を付けた浅漬けタイプも流通しています。
乳酸発酵を経たキムチと浅漬けタイプでは、風味の変化や保存方法が異なるため、原材料表示や商品説明を確かめるとよいでしょう。
どちらかを一律に本物、偽物と判断するだけでは、日本でどのように受容され、味が変化したのかを見落としてしまいます。
食文化は地域を越える過程で、現地の嗜好や流通環境に合わせて変わるものです。
その変化自体もキムチの近現代史の一部といえます。
世界に広がるキムチ
現在、キムチは韓国料理の枠を越え、世界各地で知られる発酵食品になりました。
韓国国外でも現地の野菜や香辛料を利用した商品が作られ、料理の付け合わせだけでなく、炒飯、鍋、麺、サンドイッチなどにも活用されています。
一方、中国の泡菜をはじめ、世界には多くの発酵野菜があります。
これらは相互に影響し合うことがあっても、材料、発酵方法、味付け、食べ方、社会的背景が同じではありません。
似ているという理由だけで一つの起源へまとめたり、逆に他地域との交流を無視したりせず、それぞれの歴史を区別して理解することが大切です。
キムチの歴史に関するよくある疑問
キムチは昔から赤かった?
いいえ。
唐辛子が朝鮮半島へ伝わる以前のキムチは、塩や香味野菜を中心に作られ、白色や素材本来の色をしたものが多かったと考えられます。
赤いキムチの定着は、唐辛子伝来後のことです。
唐辛子は日本から伝わった?
日本経由説は有力説の一つですが、伝来経路には複数の見方があります。
中国方面や海上交易を含む複数経路の可能性もあり、現時点で単純に断定するのは適切ではありません。
白菜キムチは古代からあった?
古代から野菜の塩漬けはありましたが、現在一般的な結球白菜を使い、葉の間へ赤いヤンニョムを塗る形が広く普及したのは比較的新しい時代です。
キムチの歴史は白菜だけでなく、大根や山菜など多様な材料を含みます。
キムチは必ず発酵している?
伝統的なキムチは時間とともに乳酸発酵します。
ただし、市販品には発酵を抑えた商品や、調味液で味を付けた浅漬けタイプもあります。
購入時は表示と保存方法を確認しましょう。
まとめ
キムチは、ある時代に突然発明された料理ではありません。
古代から続く野菜の塩蔵を基礎に、ニンニクなどの香味野菜、海外から伝わった唐辛子、白菜品種の普及、魚介の塩辛、地域ごとの気候と食材が重なり、現在の多様なキムチが形作られました。
さらに、オンギ、地中保存、キムジャン、低温流通、キムチ冷蔵庫もその歴史を構成する重要な要素です。
古い甕や調理道具は、単なる中古品ではなく、発酵を管理して冬を越した人々の知恵や家庭の記憶を伝えています。
キムチの歴史をたどることは、一つの食品の起源を知るだけではありません。
食材を無駄にせず保存する工夫、道具を使い続ける知恵、人々が協力して食べ物を分かち合ってきた文化を知ることでもあるのです。
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(KOBIT編集部:Fumi.T)
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