ブラジリアが世界遺産に登録された理由とは?近代建築の見どころと都市の価値を解説
ブラジルの首都ブラジリアは、歴史ある建物が長い時間をかけて集積した都市ではありません。
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20世紀半ば、国の未来を象徴する新首都として計画され、わずかな期間で建設された都市です。
そのため、古代遺跡や中世の街並みとは異なる価値が認められ、1987年にユネスコ世界文化遺産へ登録されました。
ブラジリアの特徴は、著名な建築物だけでなく、道路や広場、住宅地区、緑地を含む都市計画そのものが文化遺産として評価されている点にあります。
本記事では、ブラジリアが世界遺産になった理由、都市を設計した人物、代表的な建築の見どころを解説します。
さらに、家具、地図、写真、書籍といった、ブラジリアの思想を今に伝えるモノの価値にも目を向けます。
ブラジリアは都市全体が評価された世界遺産
ブラジリアはブラジル中西部に位置する同国の首都です。
大西洋岸にあるリオデジャネイロなどとは異なり、海から離れた内陸部に建設されました。
建設工事は1950年代後半に本格化し、1960年4月21日にリオデジャネイロから首都機能が移されました。
世界遺産に登録されたのは1987年です。
首都として完成してから30年も経過していない都市が文化遺産になったことは、当時としては画期的でした。
ブラジリアの世界遺産としての価値は、単体の宮殿や聖堂だけで成立しているわけではありません。
行政施設を置く場所、住宅街区の構成、道路の形、広場の余白、緑地の配置などが一体となり、20世紀の都市計画思想を表しています。
ユネスコの登録基準では、人間の創造的才能を表す傑作であることを示す基準(i)と、人類史上重要な段階を伝える建築や都市計画の顕著な例であることを示す基準(iv)が適用されています。
つまり、ブラジリアは美しい建物が多いから選ばれたのではなく、都市全体を一つの作品として形にした点が評価されたのです。
ブラジリアはなぜ内陸部に建設されたのか
ブラジルでは長く、政治や経済、人口が大西洋沿岸部に集中していました。
しかし、広大な国土を持つブラジルにとって、内陸部の開発と地域間の結び付きを強めることは大きな課題でした。
首都を内陸へ移転する構想自体は、ブラジリア建設のはるか以前から存在していました。
内陸遷都には、国土の統合を進めること、沿岸部への過度な集中を改めること、新たな交通網や産業の発展を促すことなど、複数の目的がありました。
この構想を実行に移したのが、1956年に大統領へ就任したジュセリーノ・クビチェックです。
クビチェック政権は急速な近代化を掲げ、その象徴的事業として新首都建設を推進しました。
ブラジリアは行政の拠点であると同時に、成長するブラジルの未来像を国内外へ示す国家プロジェクトでもあったのです。
一方、都市は設計者や政治家だけで造られたものではありません。
各地から集まって工事に従事した建設労働者は、一般に「カンダンゴ」と呼ばれました。
彼らの労働がなければ、短期間での首都建設は実現していません。
ブラジリアの歴史を見る際には、壮大な設計思想とともに、現場を支えた人々の存在も忘れないことが大切です。
ブラジリアを設計した3人の重要人物
ルシオ・コスタとパイロット・プラン
ブラジリアの都市計画を担ったのは、建築家・都市計画家のルシオ・コスタです。
新首都の設計競技で選ばれたコスタの案は「パイロット・プラン」と呼ばれ、現在のブラジリア中心部の基本構造になりました。
その形は上空から見ると飛行機に似ていると紹介されることがあります。
中央を貫く直線的な軸が機体、左右へ緩やかに伸びる軸が翼のように見えるためです。
ただし、コスタが最初に示した発想は、飛行機を描くことそのものではなく、場所を示す十字の線に近いものでした。
飛行機という表現は都市の形を理解するには便利ですが、それだけで設計意図のすべてを説明できるわけではありません。
オスカー・ニーマイヤーと曲線の建築
国会議事堂、大統領府、連邦最高裁判所、ブラジリア大聖堂など、主要な公共建築を設計したのがオスカー・ニーマイヤーです。
ニーマイヤーは20世紀を代表するブラジル人建築家であり、鉄筋コンクリートを使った大胆な造形で知られています。
近代建築には直線的で機能的なイメージがありますが、ニーマイヤーは柱、ドーム、アーチなどに伸びやかな曲線を取り入れました。
重いはずのコンクリートを、薄く、軽やかに見せる造形がブラジリアの未来的な景観を作っています。
ロベルト・ブーレ・マルクスと景観設計
ブラジリアの価値を支えているのは建物だけではありません。
造園家ロベルト・ブーレ・マルクスは、庭園や緑地を通じて近代建築と自然を結び付けました。
ブーレ・マルクスはブラジルに自生する植物を積極的に用い、植栽の色や形を抽象画のように構成したことで知られます。
建築、芝生、水面、樹木の関係を観察すると、ブラジリアが巨大な建造物を並べただけの都市ではないことが分かります。
パイロット・プランに込められた都市設計
二つの軸が作る都市の骨格
ブラジリア中心部は、性格の異なる二つの大きな軸によって構成されています。
その一つが、官庁や記念的建築の並ぶモニュメンタル・アクシスです。
もう一つは緩やかに湾曲し、住宅地区などが配置された軸です。
この構成により、国を象徴する行政空間と、市民の日常生活を支える空間が整理されました。
上空から都市全体を見ると明快な形を確認できますが、地上では建物同士の間隔、視線の抜け方、広場の大きさなどを体感できます。
用途を整理するゾーニング
ブラジリアでは行政、商業、ホテル、住宅といった機能が、計画に基づいて一定の区域へ配置されました。
こうした用途別の配置はゾーニングと呼ばれ、近代都市計画の代表的な手法です。
自然発生的な都市では、住宅や店舗、公共施設が時代ごとに混在していきます。
それに対してブラジリアでは、生活や交通の機能を整理し、秩序ある都市を一から造ろうとしました。
都市の形に社会の理想を反映させようとした点が、世界遺産として評価される理由の一つです。
住宅街区スーパークアドラ
ブラジリアの住宅地区を理解するうえで重要なのが「スーパークアドラ」です。
これは複数の集合住宅、緑地、学校、商業施設などを一定のまとまりとして構成する住宅街区を指します。
建物の周囲には比較的広い緑地が確保され、歩行者空間と自動車交通を整理する考え方も取り入れられました。
住宅棟だけを見るのではなく、建物の高さ、棟同士の距離、樹木、日陰、生活施設との関係を見ることで、街区全体に込められた意図を読み取れます。
ブラジリアが世界遺産に登録された理由
近代都市の理想を首都規模で実現したから
20世紀には、交通、衛生、住宅、緑地などの課題を合理的な都市計画によって解決しようとする考え方が広まりました。
しかし、理想的な都市案が描かれても、大規模な首都として実現する例は限られます。
ブラジリアでは、その思想が道路や建築、街区として実際に造られました。
しかも、単なる実験都市ではなく、政治と行政の中枢として現在まで使われています。
計画と現実が巨大な規模で結び付いたことに、世界的な価値があります。
建築と空間が一体の作品になっているから
ブラジリアの代表的建築は、それぞれ単独でも高く評価されています。
ただし、都市を訪れたり資料を眺めたりする際には、建物だけに注目しないことが重要です。
例えば三権広場では、建物の形だけでなく、広い地面、空、建築物の間隔が一つの景観を作っています。
国会議事堂も、二つのドーム、高層棟、広場との位置関係を含めて見ることで、立法機関を象徴する構成が理解できます。
建物、道路、庭園、広場、眺望を一体として計画したことが、ブラジリアを都市規模の作品にしています。
20世紀のブラジルが抱いた未来像を伝えるから
ブラジリアは、当時のブラジルが目指した近代化、国土開発、国家統合を視覚化した都市です。
合理的に整理された街区と大胆な公共建築は、新しい時代への期待を表しています。
そのため、ブラジリアは建築史の資料であると同時に、政治史、社会史、デザイン史を考える手掛かりでもあります。
都市の理想だけでなく、その実現過程や後に生じた課題まで含めて伝える「生きた歴史資料」といえるでしょう。
世界遺産ブラジリアの代表的な建築
三権広場とブラジル国会議事堂
三権広場には、立法、行政、司法を担う主要施設が配置されています。
広場の中心的存在である国会議事堂は、中央の高層棟と形の異なる二つのドームが特徴です。
上向きに開いた形と伏せた形が対照をなし、離れた場所からでも認識しやすい象徴的な景観を作っています。
建物の細部だけでなく、広大な広場の中でどのように見えるかを確かめることが鑑賞のポイントです。
ブラジリア大聖堂
ブラジリア大聖堂は、外側へ伸びる柱が王冠や祈る手を思わせる建築です。
内部にはガラスを通して光が入り、外観から想像する以上に明るく開放的な空間が広がります。
伝統的な教会の塔や壁をそのまま再現するのではなく、構造体と光によって宗教的な空間を表現した点に、ニーマイヤーの独創性が表れています。
プラナルト宮殿と連邦最高裁判所
大統領府であるプラナルト宮殿と連邦最高裁判所は、三権広場を構成する重要な建築です。
細身の柱、水平に広がる建物、ガラス、水盤などによって、記念性を持ちながらも軽快な印象が生み出されています。
柱は単なる構造部材ではなく、外観のリズムを作る造形的要素でもあります。
同じように白い柱を用いた建物でも、曲線や反復の方法を比較すると、それぞれの個性が見えてきます。
アルボラーダ宮殿とイタマラチ宮
大統領公邸であるアルボラーダ宮殿は、特徴的な柱が連続する端正な外観で知られます。
イタマラチ宮は外務省庁舎として建設され、アーチ、水面、庭園が組み合わされた空間を持っています。
いずれも、建物本体だけでなく、周囲の水や植栽を含めて設計されています。
水面に映る柱やアーチを見ると、景観設計が建築の印象を大きく左右していることが分かります。
建築以外のモノから読み解くブラジリア
家具や調度品も空間の一部
公共建築の内部に置かれた椅子、テーブル、照明、タペストリー、美術作品なども、ブラジリアのデザインを理解するうえで重要です。
家具は単なる備品ではなく、建物の曲線、素材、広さに合わせて空間の印象を整える役割を担います。
古い家具や調度品を見るときは、著名な作者かどうかだけで価値を判断するのではなく、どこで使われ、建築とどのような関係にあったのかを確認することが大切です。
来歴や使用場所を示す記録が残っていれば、モノが伝えられる情報はさらに豊かになります。
地図と設計図は都市思想を伝える資料
ブラジリアの地図や都市計画図には、完成した建築写真とは異なる価値があります。
初期の図面からは、二つの軸、用途ごとの配置、住宅街区の反復など、都市の基本理念を読み取れます。
発行年代の異なる地図を比べれば、当初の計画と都市の成長の違いも見えてきます。
書き込みのある地図であっても、当時の移動経路や使われ方を示す資料になる場合があります。
古いという理由だけで処分せず、発行者、年代、縮尺、掲載範囲などを確認したいモノです。
写真、絵はがき、ポスターが残す時代の視線
建設中の記録写真、完成直後の航空写真、観光用の絵はがきやポスターは、ブラジリアがどのように紹介されてきたかを伝えます。
建築物の記録であるだけでなく、当時の人々が新首都に抱いた期待を映す資料でもあります。
同じ建物でも、撮影年代や構図によって受ける印象は変わります。
未来都市として強調された写真、政治の中心として示された写真、市民生活を写した写真を比較すれば、ブラジリアに対する多様な見方を理解できます。
建築書や雑誌を次世代へ生かす
ルシオ・コスタやオスカー・ニーマイヤーの作品集、建築雑誌、展覧会図録、旅行案内書なども、ブラジリアの価値を伝える資料です。
特に建設当時や完成直後に刊行された本には、その時代ならではの評価や写真が収録されている可能性があります。
情報が古くなった本でも、歴史資料としての役割まで失われるわけではありません。
蔵書印、書き込み、傷みがあっても、研究、展示、教育などに活用できることがあります。
不要になった場合はすぐに廃棄するのではなく、建築資料を扱う図書館、資料館、古書店などへつなぐことも、文化的なリユースの方法です。
理想都市ブラジリアが抱える課題
ブラジリアは世界遺産ですが、すべての都市問題を解決した完全な理想都市というわけではありません。
広い道路と大きな街区は自動車移動に適している一方、徒歩では距離を感じやすいという指摘があります。
また、計画的に整備された中心部の外側には人口が拡大し、周辺地域との格差や通勤の問題も生じました。
建設に携わった人々の多くが、整然とした中心部の外で生活したという歴史もあります。
さらに、ブラジリアは現在も人々が働き、暮らす現役の首都です。
建物の老朽化、交通量の増加、新しい設備への対応などを進めながら、当初の都市構造や景観を守らなければなりません。
世界遺産としての保存と、生活都市としての更新を両立させることが継続的な課題です。
こうした問題を知ることは、ブラジリアの価値を否定することではありません。
都市計画が目指した理想と、実際の社会に生じた変化の両方を見ることで、世界遺産としての意味をより立体的に理解できます。
ブラジリアを深く鑑賞する3つの視点
第一の視点は、建物の形だけでなく「余白」を見ることです。
広場、芝生、水盤、空、建物同士の距離には、都市計画上の意図があります。
第二の視点は、地上と上空の見え方を分けて考えることです。
航空写真ではパイロット・プランの形を把握できますが、地上では柱の大きさ、日差し、風、歩行距離などを体感できます。
両方の視点を組み合わせると、図面と実際の都市の違いが分かります。
第三の視点は、異なる年代の資料を比較することです。
建設当時の写真、古い地図、絵はがき、現在の景観を見比べると、都市がどのように使われ、変化してきたかを読み取れます。
ブラジリアは20世紀の未来像を残す世界遺産
ブラジリアが世界遺産に登録された最大の理由は、近代都市計画の理念を国家の首都として大規模に実現したことにあります。
ルシオ・コスタの都市計画、オスカー・ニーマイヤーの建築、ロベルト・ブーレ・マルクスの景観設計が結び付き、都市全体が一つの作品になりました。
その価値を伝えるのは、国会議事堂や大聖堂のような著名建築だけではありません。
住宅街区、広場、緑地、家具、地図、図面、写真、絵はがき、建築書にも、ブラジリアを理解するための情報が残されています。
古い資料や道具は、換金できるかどうかだけで価値が決まるものではありません。
誰が、いつ、どこで作り、どのように使ったのかを調べることで、一つのモノが都市と時代を伝える資料になります。
それらを保存し、必要とする人や施設へ引き継ぐことも、世界遺産の記憶を未来へつなぐ方法の一つです。
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(KOBIT編集部:Fumi.T)
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