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東郷青児 波乱万丈の”イケメン”美人画家が生み出した作品価値

#アートの寄付#東郷青児#竹久夢二#絵画#絵画の寄付

昭和を代表する美人画家の1人として「二科展のドン」と呼ばれた東郷青児。私生活は、常に女性関係の話が絶えない稀代のイケメンとしても知られていました。

今回は、そんな東郷青児の画家としての人生を紐解きながら、彼が残した数多くの作品価値に迫ります。

恋多きイケメン画家 東郷青児が描く”女性像””とは

東郷青児の芸術作品について語るとき、しばしば思い浮かぶのは、

「幻想的な優しい色使いと城が描かれた背景、そして繊細な肌質を思わせる表現で描かれた、目を閉じた長いまつ毛を持つ女性の姿」

このようなイメージを抱く人は多いのではないでしょうか。

女性の柔らかく流れるような曲線、長く伸びた手足や首、細いウエストにしなやかな四肢を描き、艶めかしく上品な女性のイメージを作り上げた彼の作品は、昭和時代に多くの人々から愛されました。

若くして絵画の道を志した東郷青児

中学時代から絵の勉強を始めた東郷青児は、その頃に竹久夢二の作品に深い感銘を受けました。青山学院中等部を卒業した後、彼は夢二がデザインした日本橋の絵草紙店「港屋」に頻繁に足を運ぶようになりました。

この店は、多くの恋愛経験を持つ画家である夢二が、特別な人物「たまき」のために設立したものでした。たまきは年上の青児を弟のようにかわいがり、夢二の模写の補助をさせていました。

この経験を通じて、東郷青児の美人画には夢二の影響が強く現れていると見ることができます。

しかしながら、この時15歳も年上だった、たまきと初めての大恋愛となり、その関係を知った夢二が憤慨し、傷害事件を起こした話も有名です。後に、東郷青児はこの話を否定していますが、彼と“女性”の切っては切れない人生は、この頃からスタートしたと言えるのかもしれません。

参考:大正ロマン画家・竹久夢二「夢二式美人」と呼ばれた代表作と作品価値

ピカソの前衛美術に触れて確立された独自のスタイル

1915年(大正4年)、18歳の東郷青児が東京フィルハーモニー赤坂研究所の一部屋を利用して創作活動に没頭していました。

彼は、山田耕筰の提供したアトリエで、日々耳にする音楽を画面に映し出す試みを行っており、当時としては先進的な抽象絵画に挑戦していたのです。

前年にドイツから帰国したばかりの山田耕筰は、音楽だけでなく絵画にも深い知見を持ち、ドイツ表現主義やカンディンスキー、ムンク、ココシュなどの芸術家について東郷に教えていました。

同年9月には、日比谷美術館で特異な画風の展覧会が開催されました。これは、日本で初めての交響楽団を創設した山田耕筰の推薦による東郷青児の個展でした。

その後、東郷青児は自己探求のためヨーロッパへ旅立ちました。

当時のパリは、ピカソという芸術界の巨匠によって支配されていました。彼の強烈な作品スタイルには多くの画家たちが影響を受け、東郷も例外ではありませんでした。

東郷はピカソの大胆な構図やフォルムから、自分ならではの表現方法をどう見つけ出すかを考えました。彼はピカソの前衛的な芸術、キュビズムや未来派などの新しい芸術様式を積極的に学んでいきました。

さらに、ラファエロの作風、女性的で優美な表現にも深い影響を受けました。これは、ルネサンスの集大成とも評されるものでした。

7年間に及ぶフランスでの生活を終え、帰国した東郷は、徐々に前衛的な理論を超えて、独自のスタイルを確立していきました。

参考:ピカソの絵画など。世界中で高い評価と作品価値を持つ理由とは?

「青児美人」や「東郷様式」と言われた東郷青児の代表作と価値

これまでの日本美術にとらわれず、前衛美術や西洋絵画の伝統技法を積極的に取り入れた東郷青児。その彼がたどり着いた答えは、「モダンな女性の新しい理想像」を生み出すことでした。 そんな東郷青児の代表作には、このような作品があります。

  • 1916年:パラソルさせる女
  • 1929年:超現実派の散歩
  • 1959年:望郷
  • 1971年:鳥と少女
  • 1974年:タッシリ

東郷青児が描く女性像には、ある種の非人格的な特徴が見られることがあります。これは彼が描く理想の女性の姿とも解釈できるでしょう。

彼の作品は油絵だけに留まらず、パステルやデッサンによる作品も多く残されており、現在でも高く評価されています。

大正レトロの影響を受けた夢二のスタイルに影響されつつも、フランスでの長期留学を通じて西洋のテイストも取り入れた彼の作品は、メランコリックな美人画としてデザイン性が高く評価されています。これらの作品は多くの洋菓子店の包装紙に採用され、美しく勇ましい女性のデザインが非常に人気を博しました。

今日でも日本中の洋菓子店や喫茶店で使われているこれらの包装紙やショッピングバッグは、その美しさと実用性で現在も多くの人々に愛され続けています。

そのため、現在でも油絵の作品は、数十万~数百万円の買取価値があるとされています。

お役目を終えた絵画をお持ちなら。支援寄付という新たな価値を

絵画の価値は作家の人生の足跡とともに残り続け、時の経過とともに上がっていくものです。

しかしながら、絵画の価値は残り続けても、あなたにとっては年を重ねるとともにお役目を果たすタイミングも少なからずやってくることでしょう。

もし、そうした絵画を遺品整理や断捨離を機に手放すのであれば、価値を必要としている方にぜひつなげて頂ければと思います。

お譲りできるご家族やご友人へ、あるいは買取を通じて新たな方の元へなど、価値のつなげ方は色々とありますが、お宝エイドでは、支援寄付という新たな価値を生み出す活動を行っています。

あなたがこれまで手にしてきた絵画を通じて、この機会に社会貢献へとつなげてみませんか。

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本記事で紹介した「東郷青児」をはじめ、お宝エイドでは様々な物品を通じたNPO団体の支援を行うことが出来ます。お宝エイドでは郵送いただいた「お宝」を換金し、ご指定いただいたNPO団体の活動原資として送り届けます。あなたもお宝エイドでの支援活動をはじめてみませんか。


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