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ボロブドゥール遺跡とは?世界遺産の歴史・仏教建築・レリーフの価値を詳しく解説

インドネシアのジャワ島中部にあるボロブドゥールは、世界最大級の規模を誇る仏教遺跡です。

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幾層にも重なる石造の壇、無数のレリーフ、500体を超える仏像、釣鐘形のストゥーパが一体となり、見る者に強い印象を与えます。

しかし、ボロブドゥールの価値は、建物の大きさや外観の美しさだけでは理解できません。

参詣者が回廊を歩きながら上層へ進む構造には、仏教の教えや宇宙観が反映されています。

また、壁面のレリーフは宗教物語を伝えるだけでなく、建造当時の衣服、住居、船、動植物などを知るための歴史資料でもあります。

この記事では、ボロブドゥールが世界遺産に登録された理由をはじめ、成立の歴史、建築構造、仏像とストゥーパ、レリーフ、修復・保存活動について詳しく解説します。

ボロブドゥール遺跡とは

ジャワ島中部に築かれた大規模な仏教遺跡

ボロブドゥール遺跡は、インドネシアの中部ジャワ州に位置しています。

古都ジョグジャカルタからも訪れることができ、周辺にはムラピ山をはじめとする火山や山々、農地が広がっています。

ボロブドゥールは、内部に大きな礼拝室を持つ一般的な寺院建築とは性格が異なります。

自然の丘を利用して大量の石材を積み、階段と回廊を巡りながら上部へ進む巨大な宗教建造物です。

参詣者は建物の外側を巡り、壁面の彫刻を見ながら最上部を目指したと考えられています。

現在ではインドネシアを代表する観光地として知られていますが、仏教徒にとって重要な祈りの場でもあります。

単なる過去の遺物ではなく、現代まで信仰と文化が受け継がれている場所なのです。

世界遺産は三つの寺院から構成される

ユネスコの世界遺産として登録されているのは、ボロブドゥールだけではありません。

正式な登録名称はボロブドゥール寺院遺跡群であり、次の三つの寺院で構成されています。

  • ボロブドゥール寺院
  • パウォン寺院
  • ムンドゥット寺院

三つの寺院はおおむね一直線上に並んでいます。

どのような意図で配置されたのかについては議論があるものの、互いに無関係な建造物ではなく、儀礼や信仰の上で結び付いていた可能性が指摘されています。

ムンドゥット寺院の内部には大型の仏像が安置され、ボロブドゥールとは異なる礼拝空間を体験できます。

ボロブドゥールの価値を理解するには、周辺の寺院を含む遺跡群として捉えることが大切です。

ボロブドゥール遺跡の歴史

建造されたのは8世紀末から9世紀頃

ボロブドゥールは、8世紀末から9世紀頃に建造されたと考えられています。

この時代の中部ジャワでは、仏教を保護したシャイレーンドラ朝が勢力を持っていました。

そのため、同王朝のもとで建設が進められたとする見方が一般的です。

ただし、建造を命じた人物や正確な完成年が明記された史料は確認されていません。

工事の期間や造営の目的にも不明な点が残されています。

確実な記録が限られているからこそ、建築様式、碑文、周辺遺跡などを比較する研究が続けられています。

当時のジャワでは、インドから伝わった仏教やヒンドゥー教の思想が、地域固有の文化や自然観と結び付いていました。

ボロブドゥールも外国の建築をそのまま模倣したものではなく、ジャワ島の地形、石材、技術、造形感覚を生かした独自の建造物です。

なぜ長く使われなくなったのか

ボロブドゥールは、建造後も永遠に同じ形で使われ続けたわけではありません。

やがて宗教施設としての利用が減り、植物や土砂に覆われた状態になりました。

使われなくなった理由は一つに限定できません。

火山活動による降灰、政治・文化の中心地が東部ジャワへ移ったこと、ジャワ島の宗教環境が変化したことなど、複数の要因が考えられています。

ただし、放棄された時期や直接の原因は明らかになっていません。

ボロブドゥールについて、火山噴火によって一夜で埋没し、完全に忘れられたと説明される場合があります。

しかし、実際の経緯はそれほど単純ではありません。

周辺住民の間では存在が伝えられていたとみられ、徐々に管理されなくなった遺跡を、土砂や植物が覆っていったと考えるのが適切です。

19世紀に調査が始まる

1814年、当時ジャワ島を統治していたイギリスの副総督トーマス・スタンフォード・ラッフルズは、現地に大規模な遺跡があるという報告を受けました。

ラッフルズの指示を受けた技師ヘルマン・コルネリウスらは、植物や土砂を取り除く作業を行いました。

この出来事はしばしばボロブドゥールの発見と表現されます。

しかし、現地の人々が遺跡の存在を知らなかったわけではありません。

西洋の統治者や研究者によって広く記録され、学術調査の対象として再認識された出来事と捉える方が正確です。

その後、オランダ領東インド政府のもとで測量、撮影、図面作成などが行われ、遺跡の全体像が少しずつ明らかになりました。

一方で、仏像の頭部や石材が持ち出された事例もあり、調査と収集の歴史には植民地支配の影響も刻まれています。

ボロブドゥールが世界遺産に登録された理由

1991年に世界文化遺産へ登録

ボロブドゥール寺院遺跡群は、1991年にユネスコの世界文化遺産へ登録されました。

評価されたのは、建築としての壮大さだけではありません。

仏教美術の優れた表現、宗教思想を空間化した構成、後世の建築や美術へ与えた影響などが、世界的な価値を持つと認められました。

ボロブドゥールでは、建築、彫刻、物語表現、周囲の景観が切り離せない形で結び付いています。

建物自体が巨大な彫刻作品であると同時に、参詣者が歩いて体験する宗教空間でもある点が大きな特徴です。

仏教の宇宙観を立体的に表現

ボロブドゥールは、下部から上部へ向かうにつれて空間の印象が変化します。

下層の回廊には多数のレリーフが並び、視覚的な情報に満ちています。

一方、上層の円形壇では壁がなくなり、ストゥーパと空を中心とした簡素で開放的な景観が現れます。

この変化は、欲望や執着のある世界から、形や区別を超えた悟りの境地へ至る過程を象徴すると解釈されています。

ボロブドゥールを巨大な曼荼羅にたとえる見方もありますが、建造当初の意味が完全に解明されているわけではありません。

それでも、宗教思想を階層的な建築と歩行体験によって表現した点は、世界的にも特筆すべき価値です。

巨大な石造建築の構造

六層の方形壇と三層の円形壇

ボロブドゥールは、下部の六層の方形壇、その上に重なる三層の円形壇、最上部の中央ストゥーパを基本として構成されています。

基壇の一辺はおよそ120メートル前後に及び、離れた場所から見ると一つの巨大な山のようです。

方形壇には回廊が設けられ、その内外の壁面にレリーフが刻まれています。

参詣者は回廊を右回りに巡りながら物語を読み進め、階段を使って上層へ向かいます。

円形壇へ達すると、それまで周囲を囲んでいた壁や細密なレリーフがなくなります。

そこには釣鐘形のストゥーパが規則的に並び、視線は自然に中央ストゥーパと空へ導かれます。

この造形の変化により、建築を移動すること自体が精神的な上昇を感じさせる体験となっています。

膨大な火山岩を組み上げた技術

遺跡には、周辺で得られる安山岩系の石材が大量に用いられています。

使用された石材は約200万個ともいわれます。

石を精密に加工して組み合わせる方法が採られており、膨大な労働力と高度な測量・土木技術が必要だったことは想像に難くありません。

ジャワ島は降雨量が多いため、雨水を外部へ逃がす排水設備も重要でした。

遺跡には彫刻を施した雨樋や排水口が設けられています。

しかし、長い年月の間に排水機能が低下すると、内部に水が入り、石材の傾きや劣化を引き起こしました。

この水の問題は、近代の大規模修復でも重要な課題となりました。

仏像とストゥーパに込められた意味

本来は504体の仏像が配置された

ボロブドゥールには、本来504体の仏像が配置されていたとされます。

方形壇では壁面に設けられた仏龕に仏像が置かれ、円形壇では透かし格子を持つストゥーパの内部に仏像が納められています。

仏像は一見すると同じ姿に見えますが、手の形である印相に違いがあります。

印相は方角や仏の性格と関連付けられ、それぞれが異なる教えや働きを象徴しています。

建築全体における仏像の位置と印相を見比べると、緻密な配置計画があったことが分かります。

長年の風化や破損、盗難などにより、現在は頭部を失った仏像も少なくありません。

欠損した姿も遺跡がたどった歴史の一部ですが、本来の配置を理解するには、完全な像と失われた部分の両方に目を向ける必要があります。

上層に並ぶ72基の小ストゥーパ

三層の円形壇には、合計72基の小ストゥーパが配置されています。

ストゥーパの表面には格子状の透かしがあり、その内側に仏像が見えます。

規則的に並ぶ釣鐘形の造形は、ボロブドゥールを象徴する景観の一つです。

ストゥーパは、もともと仏陀の遺骨などを納めた塚に由来する宗教的なモニュメントです。

ボロブドゥールでは、中央の大ストゥーパを多数の小ストゥーパが取り囲み、秩序と静けさを感じさせる空間をつくっています。

レリーフが伝える物語と当時の暮らし

物語を読み進める石の絵巻

ボロブドゥールには、装飾的なものを含めて2,600面を超えるレリーフがあるとされます。

そのうち物語を表したレリーフは、仏陀の生涯、前世の善行を語る本生譚、求道者が悟りを求めて旅する物語などを題材としています。

場面は回廊に沿って連続的に配置されているため、石でつくられた長大な絵巻のようです。

参詣者は歩きながら一場面ずつ鑑賞し、仏教の教えを視覚的に学んだと考えられています。

文字だけでなく、彫刻と身体の移動を通じて物語を伝える点に、ボロブドゥールならではの特徴があります。

8~9世紀頃の社会を知る歴史資料

レリーフに登場するのは、仏や王侯だけではありません。

僧侶、兵士、商人、船乗り、農民など、多様な人々が描かれています。

衣服、装身具、楽器、住居、家畜、樹木、乗り物などの表現も豊富です。

なかでも船のレリーフは、当時のジャワ島と海上交易の関係を考えるうえで重要です。

レリーフを参考に船を復元し、実際に航海する試みも行われました。

宗教美術でありながら、建造当時の社会や暮らしを伝える資料でもあることが、ボロブドゥールの価値をより奥深いものにしています。

隠された基壇にも彫刻が残る

現在見えている基壇の内側には、別の基壇とレリーフが隠れています。

この部分は隠された基壇と呼ばれ、業や因果応報に関係する場面などが表されています。

建造途中に構造上の問題が生じたため外側から補強されたという説がありますが、変更の正確な理由は確定していません。

隠されたレリーフの多くは通常見ることができないものの、過去に写真で記録されました。

完成した姿だけでなく、設計変更の痕跡まで残っている点も貴重です。

大規模修復と現代の保存活動

20世紀初頭に行われた修復

1907年から1911年にかけて、オランダ軍の技師テオドール・ファン・エルプを中心とする修復工事が行われました。

崩れた石材の組み直しや上部ストゥーパの復元などが実施され、遺跡の姿を整えるうえで大きな成果を上げました。

ただし、この修復だけでは内部への浸水や基礎の不安定さを十分に解決できませんでした。

熱帯の豪雨によって水がたまり、石材のずれや微生物による劣化が進むことが問題となりました。

インドネシア政府とユネスコによる国際協力

1973年から1983年にかけて、インドネシア政府とユネスコを中心とする大規模な修復事業が実施されました。

方形壇の石材をいったん解体し、一つずつ番号を付け、内部の排水・防水機能を整えたうえで元の位置へ戻すという大事業です。

修復対象となる石材の記録、レリーフの洗浄、構造の補強などには、考古学、建築学、土木工学、保存科学をはじめとする幅広い専門知識が投入されました。

この国際的な取り組みは、巨大な文化遺産を協力して守る代表的な事例となり、1991年の世界遺産登録にもつながりました。

火山灰や観光負荷も保存上の課題

ボロブドゥールは現在もさまざまな危険にさらされています。

周辺火山の噴火による火山灰、地震、豪雨、強い日差し、植物や微生物の繁殖などは、石材を劣化させる要因です。

さらに、多数の観光客が歩くことによる石段や床面の摩耗も無視できません。

そのため、寺院上部へ登れる人数や時間を制限したり、指定された履物の使用を求めたりする場合があります。

見学ルールは時期によって変わる可能性があるため、訪問前には公式情報を確認することが大切です。

ボロブドゥールに関連する美術品を見る際の注意点

複製品にも工芸品としての魅力がある

ボロブドゥールの仏像、仏頭、ストゥーパ、レリーフを模した品物は、土産物や室内装飾品として数多く作られています。

石、金属、木材、樹脂など素材は多様で、現地工房による手彫り品には地域工芸としての魅力があります。

複製品であることは、価値がないことを意味しません。

制作地、作者、技法、年代、保存状態が分かれば、工芸品や旅の記念品として、その品ならではの背景を評価できます。

古い絵葉書、写真、版画、旅行ポスターなども、修復前の景観や各時代の観光文化を伝える資料になり得ます。

仏頭や石造品は来歴の確認が重要

一方、遺跡から外されたように見える仏頭や石造品には注意が必要です。

ボロブドゥールでは、過去に仏像の頭部や石材が持ち出され、国内外へ流出した歴史があります。

現在も文化財の不法な発掘や輸出入は国際的な問題です。

古そうに見える品物を手にしたときは、見た目や換金価値だけで判断してはいけません。

購入記録、旧蔵者、輸出許可、鑑定書などを確認し、どこから、いつ、どのような経緯で移動したのかを調べる必要があります。

来歴が確認できないものについては、博物館や文化財に詳しい専門機関へ相談することが望まれます。

モノの価値には、素材や希少性だけでなく、文化的な背景と適切に受け継がれてきた履歴も含まれます。

遺跡に関係する品物ほど、その来歴を尊重する姿勢が重要です。

まとめ

ボロブドゥールは、巨大な石造建築、500体を超える仏像、72基の小ストゥーパ、膨大なレリーフが一体となった世界的な仏教遺跡です。

六層の方形壇から三層の円形壇を経て中央ストゥーパへ至る構造は、仏教の宇宙観や悟りへの道筋を立体的に表したものと解釈されています。

レリーフには仏教説話だけでなく、当時の人々の服装、住居、楽器、船、動植物も刻まれています。

そのため、ボロブドゥールは宗教施設や美術作品であると同時に、8~9世紀頃のジャワ社会を知るための歴史資料でもあります。

長期間の放棄、植民地期の調査、石造品の流出、国際協力による大規模修復を経て、遺跡は現代へ受け継がれました。

世界遺産としての価値を守るには、建物を保存するだけでなく、関連する仏像や工芸品の来歴を確かめ、文化的背景を尊重することも欠かせません。

ボロブドゥールを知ることは、一つの遺跡を見ることにとどまらず、人々がモノに託した信仰や物語を未来へどう残すか考えることにもつながります。

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(KOBIT編集部:Fumi.T)

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