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ポル・ポト時代に青年・壮年はみんな殺された カンボジアで見た日本人の海外協力

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20年も昔のことですが、東南アジア一帯をまとめて回ったことがあります。目的のひとつは、その各地で活動している青年海外協力隊の隊員の取材でした。タイ・マレーシアなども行きましたが、最も印象深かったのはカンボジアでした。

人口の4分の1が虐殺された国・カンボジア

カンボジアでは、その時代の記憶がない人にはほとんど信じられないような凄惨(せいさん)な状況が繰り広げられました。私が訪れたのはその20年ほど後でしたが、その傷跡はあちらこちらにありました。

カンボジアの人口推移については、こちらの記事もご参考ください。

参考:カンボジアの人口は日本と比べてどのくらい?どんな国?

男性は青年以下か、老人しか見当たらない

現地で長く自動車修理工場を経営する日本人に会った際に言われました。「町を歩いている人に、40代・50代の男性がいないでしょ」

確かにそうです。女性か、男性ならば子ども・若者かお年寄りばかりです。「ポル・ポト時代にみんな殺されたんですよ。少しでも肩書を持っている人、日本でいえば名刺を持っているぐらいの人ならば全部殺されました。うちの工場に1人、50代の人がいますが、彼はたまたまフランスに留学していて、それで助かったんです」

ポル・ポト時代とは

ポル・ポト(1928〜1998)とは、かつての首相の名です。また、彼が率いた勢力は「ポル・ポト派」、あるいは「クメール・ルージュ」といいます。ポル・ポトらは、フランスからの独立運動の中で台頭しました。ポル・ポトが全権を握っていた1975年からの4年間を特に「ポル・ポト時代(ポル・ポト政権時代)」といいます。

信じられない恐怖政治を敷いたことで知られていて、大量虐殺はそのうちのひとつです。自国の政府が自国民を殺したのです。人口統計もない混乱期なので、実際には何人が殺されたのかはわかりません。推定のひとつは「国民の4人に1人」です。

私がカンボジアを訪れたのは、ポル・ポト時代からは20年ほど後でしたが、「壮年男子は全く見かけない」ということで、傷跡が残っていたのです。

参考:カンボジアの虐殺の歴史を象徴した「トゥール・スレン」とは

カンボジアで活動していた青年海外協力隊の隊員

首都プノンペンとその近郊で、2人の青年海外協力隊の隊員に取材させてもらいました。

今も埋まったままの対人地雷

出発の準備をしているときに、職場の先輩に言われました。「立ち小便はやめておけよ。プノンペン周辺ならばまだしも撤去が進んでいるかもしれない。しかし、少し郊外に行けば地雷がまだまだ埋まっている。道のわきの茂みにでも入れば、ドカンとやられるぞ」

もう知らない人も多いと思いますが、これは地雷の中でも「対人地雷」という種類です。火薬の量を抑えて、ちょうど片足程度が吹っ飛ぶようにしてあります。「即死させてしまうと、そのまま遺体は見捨てていく。ケガだけならば仲間が助けるので、その分まで兵力が減る」という代物でした。

カンボジアではポル・ポト時代の後も内戦状態が長く続き、今でも大量の対人地雷が埋まっています。実際に、年間数十人が命を落としています。

私が取材させてもらったのは義肢装具士で、確か岐阜県出身の方だったように覚えています。年齢は30代前半だったでしょうか。義足の作り方の指導だけではなく、それを使いこなすまでのリハビリにもかかわっていました。

「宗教観からなのでしょう、足を失ったことをあまり悲しむような気配がないんですよ。どの人もリハビリを淡々と取り組んでいます。おそらくは、今しも殺されようとしているときでさえ、あまり抵抗もしなかったので、大量虐殺も起きてしまったのかもしれません」と話されたのが強烈な印象として残っています。

排便した池の水を、そのまま飲料水に使う

もう1人は、福岡県から来ている30歳の看護師さんでした。写真を撮らせてもらったのは、小さい子供を集め、両手を前に出させてパタパタさせてといった、ほとんど幼稚園にありそうなシーンです。「こちらの人は衛生観念がないので、まずはこうやってお遊戯風にして、手を洗うことの大事さを知ってもらうようにしています」とのことでした。

その傍ら、数十メートル離れたところで、スカート姿の女の子が池の中に入っていき、腰までの深さになったときにスカートをまくし上げました。「あれがトイレのやり方なんです。その池の水は飲み水に使うので、伝染病でもあると一気に広がってしまいます。こういったところから改めなければいけません」

今はNPOも海外協力に加わった

青年海外協力隊はもちろん国際協力事業団(JICA)によるもので、その事業団は1974(昭和49)年に外務省所管の特殊法人として設立されました。今は独立行政法人・国際協力機構となっています。青年海外協力隊も「ほぼ国による事業」と考えていいでしょう。

もちろん、JICAの現地での活動は今も続いています。私が取材させてもらったときとの大きな違いは、その後たくさんのNPOが設立され、カンボジアへの支援も行っている点です。私が見学したのに近い「衛生指導」をやっているNPOもあるようです。このお宝エイドからも寄付ができる団体のひとつである「特定非営利活動法人ウォーターエイドジャパン」もそのうちのひとつで、活動報告にはこうありました。

「安全な水へのアクセスも改善されてきました。首都プノンペンではほとんどすべての人が安全な水を使えていると言えます。しかし、カンボジアの80%の国民は農村地域に住んでおり、その多くが極度の貧困下にあります。カンボジア国内にはおよそ50万基の掘削井戸がありますが、人々に維持管理技術を指導するための投資が十分ではありません。さらに、設備の維持管理のための国のシステムが脆弱であるため、これらの設備が使えるかどうかはばらつきがあると言えます」

参考:「報告書:水の価値とは?―2016年の世界の水」

カンボジアでは、今もたくさんのNPOが現地で活動中

プノンペン周辺に限定ですが、かつてお遊戯風に衛生概念を子どもたちに教えていたあの看護師さんらの努力もあって、今の変化があるのでしょう。

「特定非営利活動法人ウォーターエイドジャパン」以外では、カンボジアでの「地雷除去」「病院建設」「教育支援活動」「農村支援」などを目的にしたNPOもあります。これらの活動内容とNPOの数を見ると、「まだまだ日本など海外からの助けの手もいる」というのは間違いないところでしょう。もちろん、それらNPOも自分たちの活動への支援を待っています。

● お宝エイドのワンポイント
2020年3月23日現在、日本はコロナウイルスの流行による外出自粛要請のさなかですが、世界各地でNPO団体は継続的に活躍し、本記事で紹介したような衛生指導にも取り組んでいます。
お宝エイドでは、今回紹介したカンボジアのような発展途上国で活躍するNPOへの新しい支援の形として「家に眠っているお宝を通じた寄付」を行うことができます。
こんな時だからこそ、各地で活躍するNPO団体の支援に取り組んでみませんか。


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この記事を書いた人
KOBIT編集部:柳本学 KOBIT公式サイト
バブル世代。新聞社2社に勤務し、当初は取材記者で後に写真部員(カメラマン)に転向した。カンボジアでの「対人地雷で足を失った人たち用の義肢製作指導をする日本人」など、東南アジア各国で青年海外協力隊員を取材した経験もある。人物取材・ポートレート撮影ならば、スティーヴン・ホーキング(理論物理学者)、稲盛和夫(京セラ創業者)、松田聖子(歌手)、長谷川町子(漫画家)など。現在は関西在住で、フリーのライター兼カメラマン。

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