お宝エイド

新着記事

NEW ENTRY

SDGs(持続可能な開発目標)

モヘンジョダロとは?世界遺産に登録された古代都市の歴史・遺跡・出土品を解説

モヘンジョダロは、現在のパキスタン南部、シンド州のインダス川流域に残る古代都市遺跡です。

● お宝エイドのワンポイント

お宝エイドでは郵送いただいた「お宝」を換金し、ご指定いただいたNPO団体の活動原資として送り届けます。この機会にお宝エイドでの支援活動をはじめてみませんか。


寄付できる物品一覧を見る


支援先のNPO一覧をみる


寄付方法を見る


※もし、ご支援される際に「譲渡所得税」や「寄付金控除」についてご心配の場合は、ご支援される団体様までお問合せください。

ハラッパーと並ぶインダス文明の代表的な都市で、主に紀元前2600年頃から紀元前1900年頃に繁栄しました。

整然とした道路、焼成レンガの建物、多数の井戸、浴室、排水設備などが発見されており、約4,500年前に高度な都市生活が営まれていたことを伝えています。

モヘンジョダロという名称は、一般に現地の言葉で「死者の丘」を意味すると説明されます。

ただし、これは都市が栄えていた当時の名称ではありません。

インダス文字が解読されていないこともあり、古代の住民がこの都市を何と呼んでいたのかは分かっていません。

モヘンジョダロの価値は、珍しい遺物や巨大建築だけにあるのではありません。

住宅、道路、井戸、排水路、土器、装身具、玩具など、人々の暮らしに密着した遺構とモノがまとまって残っている点に大きな特徴があります。

モヘンジョダロが世界遺産に登録された理由

1980年に世界文化遺産へ登録

モヘンジョダロの考古遺跡は、1980年にユネスコの世界文化遺産へ登録されました。

世界遺産としての登録名称は、日本語では一般に「モヘンジョダロの考古遺跡」と表記されます。

登録基準には、建築や都市計画などを通じた価値の交流を示す基準と、過去の文明や文化的伝統を伝える顕著な証拠に関する基準が採用されています。

モヘンジョダロは、南アジアに成立した初期都市文明の規模と技術を具体的に示す、極めて重要な遺跡なのです。

インダス文明を物的証拠から知ることができる

古代エジプトにはヒエログリフ、メソポタミアには楔形文字による多数の記録があります。

一方、インダス文明で使われた記号体系は現在も完全には解読されていません。

また、確認されている文字列の多くが短く、対訳に利用できる資料も見つかっていないため、政治制度、宗教、言語などには不明な点が多く残されています。

そのため、建物の配置や出土品は、インダス文明を理解するための重要な証拠です。

どのような住宅に住み、どのように水を確保し、何を作り、どの地域と交流していたのかを、遺構やモノから少しずつ読み解くことができます。

発見と発掘が世界史の理解を変えた

モヘンジョダロ周辺では、遺跡の丘の存在自体は以前から知られていました。

しかし、その歴史的重要性が認識され、本格的な考古学調査が行われるようになったのは20世紀に入ってからです。

1920年代には、インド考古調査局のR・D・バネルジーらによって調査が進められ、大規模な古代都市が埋もれていることが明らかになりました。

モヘンジョダロとハラッパーの発掘は、南アジア古代史の理解を大きく変えました。

エジプト文明やメソポタミア文明と重なる時代に、インダス川流域にも計画的な都市、工芸技術、広域交易を備えた文明が存在したことが確認されたからです。

ただし、遺跡は掘り出せば出すほどよいわけではありません。

地中から露出したレンガは、雨水、塩類、風、温度変化などの影響を直接受けます。

発掘は学術調査であると同時に、遺構を劣化しやすい環境へ移す行為でもあるため、未発掘部分を将来の研究に残す判断も必要です。

約4,500年前の計画都市

道路と街区が整えられていた

モヘンジョダロでは、主要道路と路地によって区切られた街区が確認されています。

しばしば碁盤目状の都市と表現されますが、すべてが完全な直角や均一な区画になっているわけではありません。

それでも、道路と建物が一定の計画に基づいて配置されたことは明らかです。

建築には、形や寸法に規格性を持つ焼成レンガが広く使われました。

統一性のある建材は、建築作業を効率化するだけでなく、都市の広い範囲で技術や基準が共有されていた可能性を示します。

城塞地区と市街地区

遺跡は一般に、高く造成された城塞地区と、その周辺に広がる市街地区に分けて説明されます。

城塞地区では大浴場や大型建造物などが確認され、市街地区には住宅、井戸、工房、路地などが広がっていました。

ただし、城塞という名称から軍事拠点だったと断定することはできません。

高く造成された地区の機能や、そこを利用した人々の立場については、現在も研究が続いています。

遺跡に付けられた現代の名称には、便宜的な分類や研究上の仮説が含まれていることを理解しておきましょう。

井戸・浴室・排水設備

モヘンジョダロを特徴付けるのが、水に関係する設備です。

市内には多数の井戸があり、住宅の内部に浴室とみられる空間を備えた例も確認されています。

使用後の水を流す排水路にはレンガが用いられ、道路沿いの排水設備へ接続する構造もありました。

これは現代と同じ上下水道が完備されていたという意味ではありません。

しかし、水の確保、排水、設備の清掃や維持を意識した都市設計が行われていたことは分かります。

王宮や神殿の豪華さではなく、生活を支えるインフラに高度な技術が使われている点が、モヘンジョダロの大きな魅力です。

代表的な遺構

大浴場

大浴場は、モヘンジョダロを象徴する遺構です。

レンガ造りの大きな水槽には階段が設けられ、漏水を防ぐための工夫も施されていました。

周囲には部屋や通路が配置され、水をためたり排出したりするための設備も確認されています。

大浴場は、単なる日常的な入浴施設ではなく、共同体の儀礼や宗教的な清めに使われた可能性があると考えられています。

ただし、用途を明記した文字史料はなく、儀礼施設であったことが確定しているわけではありません。

穀物倉と呼ばれてきた大型建造物

城塞地区にある一部の大型建造物は、かつて穀物倉と解釈されました。

しかし、実際に大量の穀物が保存されていたことを示す直接的な証拠は限定的で、その用途には議論があります。

遺跡を紹介する書籍や展示では、分かりやすくするために建造物へ名称が付けられます。

しかし、名称がそのまま古代における機能を証明しているとは限りません。

新しい調査によって解釈が変わることも、考古学の面白さの一つです。

中庭を持つ住宅

モヘンジョダロの住宅には、中庭を囲むように複数の部屋を配置した例があります。

大通りに直接面する入口を避け、細い路地側に出入口を設けたとみられる建物もあります。

中庭は採光や換気の役割を果たし、外部からの視線を抑えるうえでも役立ったと考えられます。

住宅の規模には差があり、住民の経済的・社会的な違いが反映されている可能性もあります。

一方で、豪華な王宮や巨大な王墓は明確に確認されておらず、都市がどのような権力構造で運営されていたのかは未解明です。

出土品が伝える暮らしと文化

動物と文字が刻まれた印章

インダス文明を代表するモノが、小型の印章です。

印章には牛、象、サイなどの動物や、一角獣のように見える独特の図像、短い記号列が刻まれています。

印章は、商品の管理、所有者の表示、交易、身分、信仰などに使われた可能性があります。

ただし、インダス文字が解読されていないため、その用途や記号の意味は確定していません。

小さな印章は、文字、造形、経済活動、信仰を考える手掛かりが凝縮された重要な資料です。

踊る少女と呼ばれる青銅像

モヘンジョダロの著名な出土品の一つに、「踊る少女」と呼ばれる小型の青銅像があります。

片手を腰に当てるような自然な姿勢、細長い手足、多数の腕輪が特徴です。

失蝋法を用いて作られたとされ、当時の高度な金属加工技術を伝えています。

ただし、「踊る少女」は発見後に付けられた通称です。

この人物が実際に踊り手だったのか、どのような立場の人物を表しているのかは分かっていません。

親しみやすい名称と、考古学的に確認された事実を区別する必要があります。

神官王と呼ばれる人物像

ひげを蓄え、文様のある衣服をまとった男性の像は、「神官王」として広く知られています。

落ち着いた表情や衣服の装飾が印象的ですが、この人物が王だった、あるいは神官だったことを示す文字史料はありません。

この通称は、他の古代文明に見られる支配者像を参考に付けられたものです。

像そのものから読み取れるのは、人物表現の技術や服飾、装飾文様などであり、政治的な身分については慎重に考える必要があります。

土器・装身具・玩具

遺跡からは土器、ビーズ、腕輪、貝製品、テラコッタ像、車輪付きの玩具なども出土しています。

これらは財宝のような華やかさを持たなくても、食生活、服飾、工芸、交易、子どもの遊びを知るための貴重な資料です。

例えば、遠隔地から運ばれた石材や貝を使った製品は、インダス川流域の外側まで交易網が広がっていたことを示します。

モノの素材だけでなく、加工技術、出土地点、一緒に見つかった遺物を調べることで、古代の社会関係が見えてきます。

モヘンジョダロはなぜ衰退したのか

モヘンジョダロを含むインダス文明の都市が衰退した理由は、一つに決められていません。

かつては外部集団の侵入によって突然滅亡したという説が強調されることもありましたが、現在では単純な侵略説だけで説明する見方は支持されにくくなっています。

考えられている要因には、河川流路の変化、洪水、気候の乾燥化、農業環境の変化、交易網の縮小、社会構造の変容などがあります。

都市を支えていた複数の条件が長期的に変化し、人々が別の地域や小規模な集落へ移った可能性があります。

したがって、ある日に都市全体が消えたというよりも、都市システムが段階的に縮小したと考える方が適切です。

都市の衰退後も人々や文化が完全に消滅したわけではなく、生活の場所や形態を変えながら受け継がれたとみられます。

世界遺産を守るうえでの課題

塩害や雨によるレンガの劣化

モヘンジョダロの建物を構成するレンガは、塩害の影響を受けています。

地中の水分に含まれる塩類がレンガ内部を移動し、表面で結晶化すると、レンガが粉状になったり剥がれたりします。

雨水、地下水、強い日差し、気温の変化も劣化を進める原因です。

近年は極端な豪雨や洪水など、気候変動に伴うリスクも無視できません。

排水対策、遺構の補強、定期的な記録、見学範囲の管理など、継続的な保存活動が求められています。

公開と保存の両立

世界遺産は多くの人に価値を伝えるために公開されますが、観光客の歩行や接触も遺構への負担になります。

すべてを現地で直接見せるのではなく、見学路、複製展示、写真測量、三次元データなどを活用することが必要です。

レプリカやデジタル資料は、本物より価値が低いだけの存在ではありません。

真正品や遺構への負担を抑えながら、形状や技術を伝えられるため、文化遺産を未来へ継承する重要な手段になります。

インダス文明の遺物を売買するときの注意点

モヘンジョダロを含む考古遺跡の出土品は、一般的な中古品や骨董品とは性質が異なります。

市場でインダス文明由来と称する印章、土器、像などを見かけても、古く見えるという理由だけで本物とは判断できません。

後世の模造品や観光向けの複製品が含まれている可能性があります。

さらに重要なのが、発掘、所有、輸出入に関する来歴です。

考古遺物には原産国の文化財保護法や国際的な取り決めが関係します。

適法に取得されたことを示す過去の所有記録や輸出許可がなければ、不法発掘や不法輸出に由来する可能性を排除できません。

遺物は出土場所や地層、周囲のモノとの関係が記録されてこそ、豊かな歴史情報を持ちます。

不法発掘によってその文脈が失われると、たとえ品物自体が残っても、研究資料としての価値は大幅に損なわれます。

由来不明の古代遺物を安易に購入・売却せず、必要に応じて文化財や考古資料に詳しい専門機関へ相談することが大切です。

一方、博物館公認のレプリカ、研究書、展覧会図録、教育用模型などは、モヘンジョダロを安全に学ぶための資料になります。

複製品であることや入手先を記録しておけば、次の所有者にも正確な情報を伝えられ、学習や展示に再利用できます。

モヘンジョダロの価値は日常の痕跡にある

モヘンジョダロは、約4,500年前の人々が、都市の中で水を確保し、家を建て、モノを作り、交易していたことを伝える世界遺産です。

大浴場や人物像だけでなく、排水路、井戸、レンガ、土器、玩具といった日常的なモノに目を向けると、この遺跡の価値がより明確になります。

また、インダス文字、政治体制、宗教、大型建造物の用途など、分かっていないことが多い点も重要です。

謎を断定的な物語で埋めるのではなく、発見された証拠と研究上の仮説を区別することが、モヘンジョダロを正しく理解する第一歩になります。

モノの価値は、素材の価格や希少性だけでは決まりません。

どこで使われ、何とともに残り、過去の社会について何を伝えられるかという情報にも価値があります。

モヘンジョダロは、そのことを壮大な規模で示している、人類共通の文化遺産です。

● お宝エイドのワンポイント

お宝エイドでは様々な物品を通じたNPO団体の支援を行うことが出来ます。お宝エイドでは郵送いただいた「お宝」を換金し、ご指定いただいたNPO団体の活動原資として送り届けます。あなたもお宝エイドでの支援活動をはじめてみませんか。


寄付できる物品一覧を見る


支援先のNPO一覧をみる


寄付方法を見る


※もし、ご支援される際に「譲渡所得税」や「寄付金控除」についてご心配の場合は、ご支援される団体様までお問合せください。

(KOBIT編集部:Fumi.T)

そもそもお宝エイドとは?


寄付先のNPOを調べる

あわせて読みたいおすすめ記事

RECOMMEND